❏活動価値説に基づく分配理論の先行説はアンソニー・アトキンソンの『21世紀の不平等』での提案の一つ提案13の参加型所得PIでした。資料は以下に掲載しました。 https://mzprometheus.wordpress.com/2018/05/17/pi1/(1秒前)

❏いや、誤解のないように、まだアンソニー・アトキンソンの『21世紀の不平等』は読んでいません。ぶっちゃけた話、松尾匡先生に活動価値説に基づく分配理論についてコメントをお願いしたら、先行説がありますということです。もっとも井上智洋さんが著作の中で批判的に関説されているのをですが。

❏早速読んでみたいのですが、明日は元明・元正天皇の話をしなければなりませんし、来週は冠動脈の第二回カテーテル手術が待ち構えています。そして6月1日には伊藤仁斎について語ることになっていて、まだ手をつけていません。儒教の日本化ですね、単純化して日々の実践道徳にしていたという話です。

❏アンソニー・アトキンソンはどうもBIでは無条件のばらまきでは弊害が多いので、社会にとって有益な活動に参加することを所得分配の条件にしようという発想らしいです。それは色んな事情で参加できない人を切り捨てのことになるので、井上さんは納得できないようです。

❏しかしPIだと生活扶助は廃止されないでしょうから、PI-BIが極端に大きくならない限り、切り捨てとはいえないでしょう。PIは貢献度によって給付額が差があるとするとその審査システムが大いに問題で、利害がからんで、公正なシステムにするのに面倒なことになりそうですね。

❏しかし事の発端がAI化・ロボット化ですから、どのような基準でどういう活動にどれ位の報酬をだせば、最も経済的にあるいは技術的に社会の発展に効果的かはAIが判断材料を提供してくれるようになるでしょうね。

2045年問題記事❏AIに判断されることを人間がAIに支配されているようにしか受け止められないのは狭量すぎます。AIは人間の頭脳が外化し、事物化したものであって、人間の外部ではなく、内部であり、人間自身の頭脳なのです。AIのなかった時代の人間と、AIの時代の人間は違うのですから。

画像「包括的ネオヒューマニズム宣言」❏またAIやロボットが作った製品やサービスは、人間の労働で作られたものではないという面ばかりに囚われてはなりません。AIやロボットも含めて人間だという人間観にたてば、人工身体としてのAIやロボットも人間の一部ですから、人間の作った製品やサービスでもあるわけです。

❏つまりAIやロボットが生産し、サービスを提供するためには、多くの身体的諸個人が存在し、AIやロボットが提供する高度な文明の製品を使いこなし、サービスを享受できるだけの知的、文化的な洗練された能力を身に着けていなければならず、それらを需要するだけの欲望を備えていなければならないのです。

❏その面に注目すると、既成の身体的諸個人は生産過程では身体的に労働していなくても、様々な知的、文化的身体的活動を通して、製品やサービスを生み出すことに貢献していると言えるわけで、その意味でなら、製品やサービスの中に身体的諸個人の活動価値が含まれているとみなすこともできるのです。

リヴァイアサン表紙❏AIやロボット、諸個人の活動を個々バラバラに捉えているだけでは学問になりません。その全体を一人の人間の活動のように関連づけて捉えるのが学問なのです。例えばホッブズの『リヴァイアサン』のようにね。そうすれば、諸個人の学習活動・文化創造・スポーツ・社会貢献なども製品やサービスの生産に不可欠な要素だとみなせます。

❏社会的諸事物、環境的自然、組織体なども必要に応じて人間に包括して捉える「包括的ヒューマニズム」の立場にたてば、諸個人の学習活動・文化創造・スポーツ・社会貢献などを価値形成とみなしてコストと考え、その分の報酬を与えることは合理的だとみなすことができるのです。

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