ポストコロナ後の資本主義 目次とリンク
第5講 斎藤幸平「人新世の資本論」

2022年5月7日公開
Paul Mason

ポールメイソン(1960年1月23日生まれ)は、英国のコメンテーターであり、ラジオパーソナリティです。 彼はチャンネル4ニュースの文化およびデジタル編集者であり、[1]2014年6月1日にプログラムの経済学編集者になりました。以前はBBCTwoのニュースナイトプログラムで開催されていました。 彼は数冊の本の著者であり、ウルバーハンプトン大学の客員教授です。(ウィキペディア情報)

1、二つのポスト資本主義論

自らを起業家と思えとドラッガー、メイソン目指すは非市場社会

中村真央:今回すが、経営学の神様と言われたドラッガーにも同じような書名の著作があります。確か『ポスト資本主義社会』(ダイヤモンド社、1993年)でしたね。

やすいゆたか:メイソンは「ポスト・キャピタリズム」で、ドラッガーは「ポスト・キャピタリスト・ソサイアティ」です。もう資本主義社会ではなくて、知識社会になっているというスタンスで論じていたわけです。彼は1960年代から『断絶の時代――来たるべき知識社会の構想』(ダイヤモンド社、1969年)で、知識社会の到来、起業家の時代、経済のグローバル化などを予言していました。

中村:技術革新が進んでいくと、単純作業は機械の自動化によってなくなっていき、工場でも知識を使ったハイテクな作業になっていきますし、新技術の開発や応用分野の開拓になっていきます。また営業にしても高度な知識が必要になりますね。

やすい:ええ、戦後の豊かな社会が出来てきたので、労働者を働かせて、その生み出した価値を搾取する階級社会というイメージを払拭しようとしたのです。だから労働者ではなく従業員という場合、企業でただ働かされているのではなくて、そこで知識や知恵を出して事業を行っていると捉えます。ですから企業内の起業家のような心構えを持てというわけです。

中村:1970年代の前半ぐらいまでは、所得格差が縮小してきていましたからね。1970年代後半から新自由主義の時代になって格差が拡大していきます。それで階級社会の色彩が濃くなってしまったわけですが、そのことはドラッガーは深刻には捉えていなかったわけですね。

やすい:ドラッガーは1993年に『ポスト資本主義社会』書いていて、ロバート・ライシュの『THE WORK OF NATIONS』1991年の方が古いわけですね。だから反動化の現実を見据えていないわけで、既にポスト・キャピタリスト社会になってしまっているということです。

中村:ただポスト資本主義の方向としては知識社会化という点では、ポール・メイソンの『ポスト・キャピタリズム』も共通していて、メイソンもドラッガーを参照しているわけですね。

やすい:ドラッガーはご承知のように経営の神様で、あくまでも企業経営の立場で論じているわけです。それに対して、ポール・メイソンはジャーナリストで、それも左翼知識人の代表みたいなもので、政治革命で資本主義が倒れなくても、技術革新が加速し、環境危機などが深刻化すれば、資本主義ではもたなくなるという立場ですね。

中村:ええ、限界費用がゼロになっていくから雇用労働や利潤追求という形が成り立たなくなるということですね。結局、共産主義みたいにフリーで働いて、フリーで現物を受け取るようになるかもしれないということでしょう。明言しているわけじゃないけれど、そのような文脈になっていますね。

2、加速主義の登場

加速してすべて機械が作り出す、労働搾取が残る余地なし

スルニチェクとウィリアムズ著『未来を発明するInventing Future』

やすい:岡本裕一朗さんの紹介によれば、(『アメリカ現代思想の教室』)スルニチェクとウィリアムズ著『未来を発明するInventing Future』2016年の加速主義は、どんどん資本主義で技術革新を加速していけば、脱労働社会になる。自動機械やロボットが働いてくれるので、人間は働かなくてもいい、そうなれば人間は自由にやりたいことをすればいいから、何も仕事を奪われると僻む必要はないとうことらしいです。問題は雇用所得がなくなることですが、富は機械が生産してくれるから、ベーシックインカムで保障すればいいということです。

中村:スルニチェクとウィリアムズは、「2013年にネット上で発表し、多方面に影響をあたえた『加速派政治宣言』(Manifesto for an Accelerationist Politics)で有名である。」とウィキペディアで紹介されていますから、その影響はあるでしようね。
https://criticallegalthinking.com/2013/05/14/accelerate-manifesto-for-an-accelerationist-politics/

やすい:『加速派政治宣言』は邦訳がなさそうなので、原文で読んだのですが、そのうち対訳を『ウェブマガジンプロメテウス」に紹介します。ともかく20世紀末から21世紀にかけては、第三次・第四次産業革命が進みました。機械の自動化、AI(人工知能)・IT(情報技術)を使った情報革命、さらには遺伝子工学なども発達して科学技術水準の飛躍が見られています。

中村:それで未曽有の繁栄が約束されるかと思いきや、かえって日本の場合はこの30年間全く経済成長しないという、それこそ未曽有の停滞ですね。欧米先進諸国は日本程ひどくはないけれど、低成長です。東アジアの成長は目覚ましいものがありますね。もっとも先進諸国に追いつくまでだという見方もあるようですが。

やすい:それで資本主義が発達すると資本主義がもたなくなるということですね。これは19世紀のマルクス時代も言われていました。生産力が発達すると富は増えるのだけれど、機械の改良で労働力は過剰になり、賃金は減って、失業者は増える、その結果過剰生産で恐慌に至るから、その時に革命を起こせばいいということです。

中村:いわゆる生産力と生産関係の矛盾があって、資本主義は利潤獲得競争で生産力を高めるけれど、やがて資本主義ではやっていけない生産力までなると次の段階に行くことになる。それが共産主義だということですね。この生産力が高まって矛盾が激化するのを待って革命という図式が生産力主義ですね。21世紀の加速主義もその典型ですね。

やすい:20世紀にソ連邦の解体など国際共産主義運動が大崩壊して、いわゆる科学的社会主義の評判が悪くなりました。運動を科学法則に則ってやるというような客観主義や、経済的土台に還元してして捉える唯物論的見方なども冷笑されていますね。しかし客観的に冷静に分析して情勢を捉える事も必要ですし、経済的土台を踏まえて置く必要もありますね。

中村:加速主義は、おそらく脱成長理論に対する反撥でしょうね。新自由主義に対する反撥としては、脱成長理論と加速主義は共通しているのだけれど、新自由主義で成長を目指したら、格差が拡大し、環境破壊が激しくなって、結局経済も低迷してしまった、そこでもはや成長など目指さないで定常経済でいけばいいというのが脱成長派です。それに対して加速主義は、定常化してしまうと、資本主義が破綻するとこまで行かないので、未来社会がやってこない、むしろ成長を加速させた方が、資本主義では破綻するところまで到達できるじゃないかということですね。

3、新自由主義の破綻

レイバーを国が保護することやめて市場原理にまかせけるかな

レーガン大統領、サッチャー首相、、中曽根首相

やすい:この『ポストコロナ後の資本主義』の講座を読み返していただければ、よく分かると思いますが、新自由主義というのは1970年代末からのサッチャー、レーガン、中曽根の時代ですね。それまでは国家と独占資本が結び着き、国家独占資本主義で国家財政が所得再分配を行って、格差を縮小させて、社会保障を充実させていたのです。

中村:そのお陰で中間階級が分厚いので、内需が大きく、経済成長を支えていたわけですね。それが中東などの石油資源に対する支配とか、日本の高度成長などによって支えられていたわけですか、日本の高度成長も経済の二重構造や公害問題などの成長の歪みを抱えていました。そして産油国が中東戦争などをきっかけに、国際石油資本の支配から脱却しようと一斉に値上げしてオイルショックが起きました。1973年でしたね。

やすい:元々イギリスは労働党が強くて、戦後「ゆりかごから墓場まで」と言われる手厚い社会保障体制を作り上げました。また国内産業を保護するためにも、石炭、電力、ガス、鉄鋼、鉄道、運輸などを国有化していたわけです。しかし国有企業では利潤を目指さないので競争力がなくなり、投資を呼び込むこともできないので、英国病になってしまったのです。これではオイルショック後の厳しい国際環境の中でやっていけないわけですね。

中村:それで1979年に保守党政権になってサッチャーの新自由主義に転換したわけですね。社会保障を削減し、民営化を断行した。財政支出を削減して、公定歩合を上げインフレを抑制、その代わり規制緩和で民間活力による景気回復を目指したわけですね。

やすい:それを強引に推し進めたので「鉄の女」と呼ばれたのですが、必ずしも成功したとは言えません。それで1997年には労働党のブレア政権になるのですが、結局サッチャリズムは継承しつつ、国家を使って公正を目指すという「第三の道」にならざるを得ず、国有化という社民主義の放棄は労働党支持者の幻滅を招いたようですね。

中村:それに所得税の累進課税や法人税でも元に戻せなかったわけですね。それはアメリカのクリントン政権でも同じですね。やはり経済がグローバル化していると格差是正のためにそんなことをすると、他国に資本が流れてしまうので、国際協定を結んでやらないといけない。それができる強力な世界的リーダーが必要ですね。

やすい:それで新自由主義では格差が拡大するだけでなく、内需を支える中間層が没落するので、経済成長ができないという資本主義の根幹に関わる事態になってきた。それで成長しない、つまり利潤のない資本主義でいくのか、それじゃあ資本主義ではなくなるので、ポスト資本主義になるのかが問題になってきたのです。

中村:成長に関しては、成長自体が環境負荷になるので、成長を目指さない方がいいという脱成長の議論が絡んできます。しかし環境問題というのはすごく難しい問題でこれを解決するためには、現在の科学技術水準では無理ですから、やはり環境問題解決のためにも第三次-第四次の産業革命が必要で、そのためにも産業規模の拡大は必要だから、経済成長は必要だとも言えますね。

やすい:しかし新自由主義ではかえって低成長になるし、窮乏化が深刻になる。それで結局、資本主義という枠をはめずに、技術革新を推進し、格差是正などの経済改革を進めていって、ポスト資本主義を目指せばいいのでないかというのがポール・メイソンの『ポストキャピタリズム』の議論です。

中村:ではいよいよその本の中身に沿ってメイソンの議論を検証して、その意義と問題点を鮮明にしましょう。

4、新自由主義への対案としてのポストキャピタリズム

情報が富の柱と成りぬれば、労働時間で価値測るるや

やすい:新自由主義ではかえって格差は拡大するわ、財政は赤字になるわ、かえって経済は低迷してしまったわけですね。それは既に資本主義が「適応能力が限界に達して」終焉を迎えつつあるからだとメイソンは捉え、対案として「ポストキャピタリズム」を対置します。

8頁【本書で私は、明確な代替案を示している。それはグローバルなものであり、資本主義よりも優れた持続可能な未来をもたらすものである。おそらく21世紀の中頃までに実現するに違いないそれが、「ポスト資本主義」だ。】

中村:「ポスト資本主義は可能である」という根拠に新しいテクノロジーの3つの影響をあげています「1つ目は情報技術の発展で脱労働社会化が深化したことです。ただ「脱労働社会」という用語は井上智洋さんややすいさんは多用されていますが、メイソンはそこまではっきりはいいたくないのでしょうか。次のような表現です。

【労働の必要性を減らし、労働と自由時間との境目をあいまいにし、労働と賃金との関係を緩めたことだ。

やすい:2つ目は、情報が富の中心になると簡単にコピーされてしまうこともあり、商品に値段がつけにくくなります。つまり市場経済が成り立たなくなるので、資本主義も当然続かないということですね。

【情報財が、価格を正確に設定する市場の能力を弱めつつあることだ。なぜなら、市場は商品の希少性を基にして価格を決めているのに対し、情報は潤沢にあるからだ。】

中村:3つ目がウィキペディアのような協働による富の生産です。しかもほとんどの人がフリー(無給)で作成に参加し、全世界の人々がフリー(無料)で閲覧しています。

やすい:この『ウェブマガジンプロメテウス』も閲覧がフリーなので、原稿料もフリーです。マルクスの用語で使用価値(効用)は大きいと思いますが、商品価値は評価されないので、GNPには加算されません。それでウィキペディアのせいで百科事典がビジネスとして成り立たなくなったとか、読書もウェブのフリーの文献で済ます人が多くなると、出版自体が成り立たなくなります。

中村:ジェレミー・リフキンの著書『限界費用ゼロ社会』(NHK出版 2015)によれば限界費用ゼロ社会とは、IoT(モノのインターネット)の実現によってモノやサービスを生み出すコスト(=限界費用)がゼロあるいは限りなくゼロに近づくことで、結局富は価値を含んでいないから、値段がつけられず、共有されることになります。そういうのも資本主義からポスト資本主義への移行のプロセスとみなせるということですね。

やすい:それはメイソンは無料の機械という捉え方ですね。耐用期限がない機械だと減価償却費がかからないわけで、結局タダで使えるわけですね。しかも自動機械だと無人なので生身の労働も製品の生産に付加されないことになり、だから労働価値説からいうと市場経済が成り立たないというのです。しかしそれはマルクスの労働価値説の問題点ですね。実際は脱労働社会でも価値は生まれますから、市場経済は成立ちます。生身の労働者の労働だけが価値を生むという思い込みがマルクスにはあったわけです。

中村:成程、労働価値説が生身の労働者の労働だけが価値を生むという形で固定観念になっていると、生身の労働者の労働がなくなっていくと価値もなくなるので市場経済もなくなるという信念になってしまう、ポール・メイソンの議論はそういう近代勤労社会の共同幻想の当然の帰結ということですね。

15頁 【大衆をネットワーク化すれば、人は金銭的に搾取される。けれど、情報資本主義は、指一本で情報を発信できる人間の知識を用いて、歴史に変化をひきおこす新たな担い手を作り出してきた。その担い手とは、教育を受け、互いにつながりを持った人間である。】

やすい:東欧革命やアラブの春なども情報革命によって連帯した人々が起こしましたね。経済的にもウェブに情報が集まり、共有されます。「ウェブ・コミュニズム」とか「インフォメーション・コミュニズム」と言えますね。これが衣食住のすべての分野で無給で作ったものを無料で提供してもらえれば社会全体がコミュニズムになりますね。

家庭菜園

中村:定年退職後、休閑地を安く借りて、家庭菜園で野菜作りをしている人がいて、ご近所や友人などにフリーで分けてくれる人もいますね。機械の自動化や汎用ロボットの普及で、職を失ったり、労働時間が半分とかになって、家庭菜園で野菜を栽培して配り出したら、野菜が値崩れを起こして農家が成り立たなくなりますね。

やすい:市場での取引が成り立たなくなると、市場での価格メカニズムによる生産調整ができなくなるので、作り過ぎや不足が生じます。また価格での品質の評定ができないと、品質の劣化につながります。

中村:市場の効用というか、価格メカニズムによる調整とか、所得の多い人に品質や量において有利な分配になるとか、そのことによる品質管理の効果とかいろいろ市場には利点があるわけです。しかし市場が無くなってしまった場合に、どのような原理で富を分配するのか、品質にばらつきがある場合、どのような基準で分配するのかとは相当難しい問題ですね。

やすい:ええ、だからやはり市場でいくでは、情報中心になると市場が成り立たなくなるので、非市場的分配方法で、富の公正な配分や品質の向上などを図っていくしかありませんね。

中村:メイソンは、自動化による労働時間の減少、情報化による価値測定の困難、協働による非市場的富の増加が、ポストキャピタリズムの要因だということですね。これは逆に言えば、資本主義が持続できる条件を考える手がかりにもなりますね。

やすい:それは鋭い指摘ですね。資本主義は市場の効用を最大限に引き出すところもあるので、生き残ろうとします。相当非市場経済が魅力的でないと対抗できません。

中村:労働時間の減少は、雇用所得の消滅やワークシェアしても減少を招きますから、減少分をどう補填するのかという問題になります。それでベーシックインカムを与えるべきだということですが、脱資本主義がコミュニズムなら、貨幣で渡さないで、現物引換券の方が非市場的になります。

中村:最低限度の生活費の保障という観点なら、毎月の家計で何がどれだけ最低限必要か書き出して申請すれば、ベーシックインカム用の製品の引換券が支給されるという形になるわけですね。そうなるとチェックが大変ですね。

やすい:限界費用ゼロ社会という理念型があって、コストはかからないとなったら、だいたい申請は通るということですね。申請する方もたくさん持っていても財産として意識できないので、嵩張りますから必要最低限しか申請しません。

中村:確かに限界費用ゼロに近い、代わり映えのしない無地の製品がどっさり積まれている光景が目に浮かんで、うんざりしますね。

やすい:そこがコミュニズムに対するマイナーなイメージです。平等主義ですから皆に一応必要なものは行き渡るけれど、安上がりで無個性なユニフォームになってしまうと決めつけられます。実際ベーシックインカムでも何もしなくても同額もらえるというので、競争原理も働かず、個性を競い合う動機が生まれない恐れが多分にあります。

中村:ポストキャピタリズムを説くのだったら、限界費用ゼロだから市場が成り立たないので、物が協働で生産され、共有されるというだけでなく、その上に個性豊かな、自己実現ができる文化や社会がどう構築できるのかを論じて欲しかったですね。

5、認知資本主義を踏まえて

潤沢なネットの海を資源とす、ピアプロダクションが未来つくるや

ナイキシューズでジョギング

やすい:その場合、参考にすべきなのは認知資本主義あるいは情報資本主義です。製品の価値には様々な情報がプラスされているのです。そうするとナイキのシューズはジョギングデータがフィードバックされていて、それが性能を改良しているわけです。

中村:つまり工場での生産過程だけでなく、消費過程での情報収集が価値を高めているのだから、労働と消費の区別も曖昧になっているということですね。だから価値が測れないので、市場経済が成り立たなくなるという、労働価値説に依拠したポストキャピタリズム論でしたね。

やすい:価値の議論は措いといて、要するに製品には消費場面での情報の塊も含まれているわけです。例えば、マルちゃん正麺の焼きそばの説明書きだと、肉と野菜を炒めた上で、そこに即席麺を入れてその上に水を注ぎ、よくかき混ぜて、水が蒸発したらソースを入れるのですが、そうすると肉や野菜までふやけすぎて美味しくないのです。そこで私は、麺は別の鍋でお湯で戻して、水気をよく払ってから一緒にしてソースをかけるとすごく美味しいことを発見し、ワイフに合格点をもらったわけです。

マルちゃん焼きそばカルボナーラ風

中村:そういう情報も集めるとマルちゃん正麺焼きそばの商品価値が上がるということですね。たしかに認知資本主義の好例ですね。ところでウェブを見るとそういう自分のお好みにアレンジしたマルちゃん焼きそばのレシピがぞろぞろ出てきますよ。

やすい:そういうように生きた情報を集めて出来ているから、限界費用が低くても、いいもの、個性的なものもできるわけですね。だからポストキャピタリズムを担う主体は、そういう情報を寄せ合って協働して、製品や文化を生み出すネットワーク型人間だということをポール・メイソンは言いたいのです。

247頁【テクノロジーの急激な変化が、仕事の性質を変えつつある。仕事と余暇の境目があいまいになり、仕事場だけでなく、生活全体にわたり、価値の創造に関わることが求められている。そのため、経済上の複数のパーソナリティが人々に与えられる。これが複数の自己を持つ、新しいタイプの人間が基になる経済だ。この新しいタイプの人、つまり、ネットワーク化された個人こそが、これから台頭し得るポスト資本主義社会をもたらす人なのだ。】

中村:マルクス・エンゲルスの時代は、サン・シモンやフーリエ、ロバート・オーエンのように資本主義の中に共産主義的な実験をして、理想社会の見本を示すのは空想的社会主義として退けられていました。そのために実際に20世紀になって革命が起こると、どう進めていいか議論がまとまらないので、勢い共産党の一党独裁体制になり、かえって自由人のアソシエーションからかけ離れてしまったのです。その点メ―ソンは、資本主義の中でのいろんなコモン形成の実践を踏まえようとしています。

プレオブラジェンスキー

397頁【20世紀初頭の社会主義者は、旧システムに下準備となるようなものは何もないと確信していた。「資本主義の世界の中に、社会主義システムが小さな単位で築かれることはできない」とプレオブラジェンスキーはきっぱりと述べている。
 適応力のある左派ができる最も勇敢なことは、その強い信念を捨てることだ。なぜなら、旧システムの中に新システムの要素を小さな単位で築くことは間違いなく可能だからだ。協同組合、信用組合、ピアネットワーク、非管理の事業、並行するサブカルチャーの経済などで、既にその要素が出来ている。】

やすい:ピアネットワークという言い方だとコンピュータ同士を対等に繋いで情報を共有して一緒に仕事をするという意味になりますが、文脈からみてインターネットを利用して共同作業をするピアプロダクションの意味で使っていると思います。ウィキペディアというウェブ上に巨大な百科事典を作り上げるのはピアプロダクションの典型です。コロナ禍で自宅でテレワークをしていた人が多かったのですが、そういうのもピアプロダクションです。ウィキペディアは非市場ですので、GNPに加算されませんが、企業の仕事をテレワークで自宅でする場合は価値を生んでいて、GNPに加算されます。

中村:ただし労働価値説でいくとテレワークで5時間働いたとすると5時間分の価値が加算される理屈だけれど、そこで集められ加工される情報は、それ自体いろんな人がたくさん時間をかけて蒐集したり、考えだしたりしているわけで、その価値は5時間という時間では測れないわけです。労働者に給与を与える場合の参考になるだけですね。それでその会社の製品の価値は、従業員の労働時間プラスその際に使った不変資本の価値の総計とはずれてしまうわけで、市場経済が成り立たなくなる由縁ですね。

やすい:ピアプロダクションはポストキャピタリズムでは、協働で物やサービスを形成するわけで、その際にインターネットに蓄えられている公共的な知をほとんどフリーな資源として使います。それで出来上がった製品やサービスも共有にして、共同でフリーで使えたらいいわけですね。

中村:それがWEB情報は既にIC(Information Communism)に成っているけれど、そこで所得が得られないから、衣食住の分野でもコミュニズムにならないと、WEBでの情報生産に専心できないということですね。それはやすいさんの場合は、やり方がまずい面もありますね。実際、WEB長者もどんどん生まれていますから。

やすい:その問題は深刻ですが、ひとまず措いて、新自由主義の体制で格差拡大、省力化による所得の減少がデフレを長引かせています。それで新自由主義を唱えている人もベーシックインカムの導入の必要を説いているくらいです。ポール・メイソンのようにポスト・キャピタリズムを目指す人も労働時間の短縮に伴う所得減がありますので、ベーシックインカムの導入の必要を認めています。

中村:ええ、ただしポストキャピタリズムの理想としては完全な非市場化つまりマルクスが考えたような貨幣の廃止ということになるとおもいますが、そこまで考えているような印象を受けました。といいますのが、ピアプロダクションでは限界費用ゼロということで、公共財をフリーで利用し、無給で働く代わりに、製品やサービスもフリーで受け取るということで、賃金はゼロが目標です。当然所得税もゼロになりますから、ベーシックインカムもゼロが目標です。

462頁~463頁【ベーシックインカムは、人類学者のディビット・グレイバーが「くだらない仕事」と呼ぶものへの対抗手段となる。資本主義は過去25年にわたり、少ない賃金で労働者に恥をかかせ、おそらく存在する必要性を奪ってまでして、低賃金のサービス業を生み出してきた。しかしポスト資本主義プロジェクトでは、ベーシックインカムは、初期段階に導入される単なる移行の手段にすぎない。
 この最終的な目的は、人間が必要とするものを作るためにかける時間を最小限にすることだ。これが実現すれば、経済の市場部門で税収基盤が小さくなりすぎて、ベーシックインカムを賄うことができなくなるだろう。賃金そのものがサービスを集団で提供する形でますます社会的なものになるか、消滅するかのどちらかだろう。
 したがって、ベーシックインカムは、ポスト資本主義の方策として、ゼロに縮小することが成功とみなされる人類初の社会保障制度ということになる。】

やすい:これでポール・メイソンが感動すべき純粋なコミュニストだと分かるのですが、残念ながら脱労働社会化が深化しつつあり、それに対して対策を取るのが先決です。公有や組合所有の企業を作ったりすることは現在でもある程度可能ですが、国民経済全体を社会主義化するとなると、国民的合意を得るのは無理です。また資本や貿易の自由化は後戻りできませんから、外国系資本の企業を追い出すことはできないので、それとの競争に勝てるような社会主義企業を作るのは大変です。それより脱労働者化していく人々にどのように所得を保障して、デフレを脱却して経済がスムーズに循環できるようにするかということが当面の緊結の課題で、脱資本主義・ポストキャピタリズムとか言って、当面の緊結の課題に取り組まないとそれこそ日本経済は途上国化してしまうことになります。

第七講 L・ランダル・レイ著『MMT現代貨幣理論入門』